アマラの瞑想的つぶやき

湘南の風にのせて

ご先祖さまから受け継いだもの

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子どもの頃、家族達は、当たり前のように繰り広げているパターン、

マイルールにどっぷり嵌っていて、

そのルールを「あなたもやりなさいよ」と

無意識のうちに押し付けてきていた。

それが子ども達の為になるのだから、という理由で。

 

それだけではなかった。

自分にも暗示をかけているようで、

時々、自らが作り上げた苦しみの中に、どんどん入っていき

抜けられなくなって、どんでもない状況を繰り広げていた。

 

身近な人達が、そのような状況になっているのを見て、

私は何か、助けてあげられないかと思い、

自分の決定権まで譲り渡してしまっていた。

 

そして、私にも同じようなDNAが受け継がれていて

狂気の中から抜け出せなくなってしまったら、どうしよう、、

そんな恐怖すら感じていた。

 

ずいぶん昔のこととなった今でさえ、

その頃に感じたトラウマのようなものを引きずっている。

 

でも今は、そんな自分の癖にようやく気づきの光が当たり始めた。

 

ご先祖さまから受け継いだものに一つずつ、気づきの光を当て

自分を癒し、必要のなくなったものを手放していくことが

自分のためだけでなく、受け継がれてきたDNAの痛みを癒すことでもある。

 

ヒューマンデザインシステムを学び、遺伝子からの情報を読み解くことで

自分の本質を取り戻すための道のりが始まった。

 

 



私は何と戦っているのか

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時々、訳もなく襲ってくる重苦しい気持ち

自分は役に立たない人間だという思い

何もしてあげることが出来ないという思い

それは自分が無能で役に立たないから、自分は生きている資格がない、

という思いまでに至っていた。

 

しかし、本当にそうなのか、、、

私は自分をだましているのではないか、という想いが降りてきた。

 

もしかしたら、自分は何も出来ないという設定にしておけば、

自分の人生の責任を負わずに済むから、

その分を誰か他の人に肩代わりしてもらう為の、

無意識の口実だったのではないか、、という、

自分で書いていてもコワい裏舞台がちらちらし始めた。

 

それは、遡れば子どもの頃、

親のコントロールから逃れる為に、親の期待から逃れる為に、

自らを「無能者」とすることで、生き延びてきたのではないのだろうか。

 

いつの間にか、「無能で役に立たない私」というキャラクターを

磨き上げて、生きてきてしまったように思えてきた。

 

でも社会に出てから、そのキャラクターを更新しなかったので、悲惨な結果となった。

 

そこで、今度はそのキャラクターを使って、自らが他人をコントロールするという手段に切り替えたのかもしれない。

 

自らが作り上げたキャラクターは、本当はもう必要ないのに、

いつまでそれにしがみついているつもりなのか、、
戦うものなど、もう何もないのにね。

 

私の学んだヒューマンデザインによると、唯一無二の本来のデザインがあり、

この世において特別な目的があるとのこと。

内なる世界へと、新たな旅が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

ヒューマンデザインとの出会い

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友人がリーディングを受けて、人生の大きな転機を迎えて変化していくのを見ていた。

 

何を聞いてきたのか気になったが、人生について何がわかるのだろうと、

その時はまだヒューマンデザインに気持ちが向かなかった。

それからさらに1年ほど経ち、またヒューマンデザインという言葉が耳に入ってきた。

 

違う知り合いがヒューマンデザインの勉強を始めたとの事で、

私のデザインを教えてくれることになった。

ところが見せてもらったチャートの情報は、自分のものとは全く思えなかった。

「これは私ではありません」とスルーしてしまった。

 

その後も、さらに詳しい説明をしてくれるのだが、

なぜそれが私のデザインなのか、何度聞いても腑に落ちないのだ、、

 

そして、とうとう自分でヒューマンデザイン講座を受ける決心をした。

全体を知ることで、自分のデザインを理解して役に立てたいと

勉強を始めることになった。

 

最初は、ヒューマンデザインのシステムと情報量の多さに圧倒されたが、

受講者の方達のチャートを見ながら、本人達の話を聞くうちに、

だんだんと整合性が見えてきて、ようやく自分のチャートを受け入れ始めてきた。

 

そして、子どもの頃から、たくさんの条件づけを受けていたことに気づき、

生きづらいと感じていたことに、少しずつ光が当たり始めるようになった。

 

 

 

意識的に狂う

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知らない間に、自分の中でたくさんの妄想劇場を作り上げている私・・・
ある時は、人から非難されている、かわいそうな自分という設定で、

他人を敵扱いして責めてみたり、かわいそうな自分に入り込んで、

さめざめと泣いてみたり・・・

知り合いからそれを指摘されて、

「もうやめたら?」って真顔で言われてハッとした。

私ったら何をしたかったんだろう・・・?

先日、私が参加している瞑想会で、

意識的に狂ったり、笑ったり、泣いたりして浄化を促す瞑想で、

あえて狂ったように怒ったり、わめいたり、

訳のわからない言葉をしゃべったりしてみたら、

ようやく妄想劇場でヒロイン役を演じている自分が見えてきた・・・

自分の言いたい事を我慢したり、やりたい事を先延ばししたり、

それって怖いからだと思うのだけど、

何もやらない自分を責める代わりに、

他人を責めていたんだって事なんだよね・・・

いい加減、それに気がついて、

もうありのままの自分で前に進もうと、

ようやく思えるようになってきた。

失敗したって、笑われたって、

自分の事を大切に思ってやった事は、

何もやらないより、魂が喜ぶと思う。

瞑想で意識的に狂ったり、怒ったり、いろんな感情を出しながら、

そろそろ妄想劇場に幕を下ろして、

リアルな世界でチャレンジしていきたい。

 

DNAの中からのメッセージ

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大切な人の命日に、墓参りに行ってきた。

先に逝ってしまった人に対して、
私は何をしてあげられたのだろうか。

その人が苦しんでいるたびに笑顔になってもらいたくて、
自分の決定権まで渡してしまっていた、、
それなのに、私より先に逝ってしまった。

残された私は、このまま生きていってよいのだろうか、、
私は幸せになってよいのだろうか、、

そこが、ヒューマンデザインを学ぶスタートラインだった。

私が私であるために、本来の生きる道に気づくために、

ヒューマンデザインのツールを使うことが始まった。

自分を生きることが、大切な人だけでなく

私が今、ここに至るまでに長きに渡って受け継いできた

DNAを浄化し

癒していくことができると思った。

 

ヒューマンデザインの知識を役立てたい

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生きていくのが辛い。
前に進めない。
周りからの、たくさんのサポートに支えられているのに
自分を肯定できない。

自己探究の為に、勉強を始めた。

他の人のデザインを見ていくことで
ヒューマンデザインの全体像を知ることで
外側の世界を鏡にすることで
自分を知るという旅を始めることにした。

自分を好きになれるように、、、